2023年10月22日 (日)

今日はITテクノロジーに関するつぶやきです。

何故、Web3.0の時代にブログ(Web1.0)で情報するのか?

Web3.0がようやっと現実味を帯びてきたと感じさせる昨今、何故、松永は未だにWeb1.0と呼ばれるブログで情報発信をしているのか?と私自身が考える時間がありました。私をご存知の方は、私の世代を理由にするのはナンセンスであることはおわかりでしょう。では何故、テクノロジーが進化すればするほど、自分のスタイルで仕事ができ、あらゆる最新テクノロジーを自由自在に使いこなす生活を満喫する私がブログで情報発信するのか?今日はそのヒントとなるつぶやきです。

Chat Botが対応する問い合わせやカスタマーサポート

最近は、多くの企業が、Chat Botを利用してお問い合わせやカスタマーサポートを行っています。2023年10月現在は、多くのChat Botが定型文仕様で、想定外の質問には答えられない状況ですが、ChatGPTの登場により、今後、ますますお問い合わせやカスタマーサポートは、言語生成AIを用いたChat Bot対応に急速に移行するでしょう。

今日も、ある企業に問い合わせをせざるを得ない問題が発生し、問い合わせ先として記されたフリーダイヤルへ電話しました。固定音声による自動応答、それに続くオプションガイダンス、とここまでは電話のプッシュトーンを用いた自動対応システムだったのですが。。。なんと、選択肢が一つしか無い。それも、「ショートメッセージをお送りして良いですか?はい、ならば1を押してください」だけ。試しに、別の番号を押したり、何度か無回答放置をしたりしたところ、数回同じメッセージが流れたあと、「応答が不正なので電話を切ります」とメッセージを流して回線を切断されました。「だったら、最初からURLをQRコードなどで記しておけよ」と思わずつぶやいてしまいました。きっと、システム移行の過渡期なのでしょうね。

仕方なく、1を選択し、送られてきたURLへアクセスすると。。。(まてまて、ショートメッセージ非対応の電話からの通話は想定してないんかい?と、ますますフリーダイヤルを問い合わせ先に設定していることへの違和感を感じます。)URLが記されたショートメッセージが届きました。アクセスすると、Chat対応待ちの画面に待ち時間と順番が表示されます。ここまでは最近ありがちなChatによりお問い合わせ窓口ですが、ここからが面白いのです。

順番が来ると、定型文としか思えない挨拶文と問い合わせ内容にあわせた返答が表示される。対応して欲しい内容が選択肢で表示され、選択肢以外の問い合わせは、簡潔に入力しろと注意書きがある。

ん?これは定型文Chat Botか?それともAIか?少し不安になりながらも、選択肢の中から選択し番号で返答。

またまた、定型文としか思えない返答とこの対応で良いかどうかの確認文が表示される。「はい」と答えると、「これこれの内容で受け付けました、切断ボタンを必ずクリックしてChatを終了してください」と表示される。

これ、完全に定型文Chat Botだよなぁ~と思いつつも切断して終了。これで終わったかに見えたのですが、受け付けられたはずの内容が実行されることはなく約束の日時が経過。。。

翌日、再度、同じURLへアクセス。こうなったら、徹底的にChatBotの性能を試してやるぞと意気込む私。しかし、挨拶文に書かれた担当者名が違うだけで、先方が表示させるChat内容は、昨日と全く同じ。これは、完全に定型文Chatだなぁ~と思いながら、「昨日も同じ内容で問い合わせ済みであり、お約束した内容についてお約束の日時になっても対応してもらいない。そこで再度問い合わせをしている」と入力。返信がなかなかこない。「ほー、複雑すぎたか?」と思っていると、定型謝罪文と一緒に担当者から電話をさせるので電話番号を確認したいと表示が。「うーん、そうきたかー」。すると、確認だといって次々と個人情報の確認が定型文でなされる。「はい」、「はい」と答えていると、最後に、昨日と同じ、「これこれの内容で受け付けました、切断ボタンをクリックしてください」と表示が。「ちょっと待ってください。担当者が電話してくるのでは?」そうなんです、最後に示された定型文には、担当者が電話をしてくることは書いてなかったのです。

切断せずに「担当者が電話をしてくると言ってませんでしたか?その話はどこにいったのですか?」と質問を入力すると、なかなか返事がこない。しばらく待っていると「私のミスです。申し訳ございません」とGPT3.5を用いたChatGPTのような返答。「もちろん、担当者からも連絡させます」と表示。「それを伝えずに、切断ボタンをクリックしろというのはよくないでしょう?」と入力すると、「私のミスです、申し訳ございません」を繰り返す。

そこで「こちらはAI Chat Botですか?」と質問すると、

「いえ、有人チャットでございます」と返信が。

そうなのねぇ~定型文Chatを有人介入で操作しているだけでした、笑。

基礎能力が低い人間よりもChat Botの方が伝言を正確に伝えることができる

10年前ころからでしょうか、伝言であれば人間よりもChat Botの方が良いなぁ~と思う事が多くなりました。電話であれメールであれ、人間の対応があまりに悪いためにそう思うのですが。。。例えば、こちらの説明が聞き取れない、理解出来ない。以前、東京工科大学で教えていた時に、東京工科大学の松永と申します、と電話口で伝えると、「は?」と返答されたので、「何が分からりませんか?」と質問しました。「東京何ですか?」と言うので、「工科大学です」と返答すると、「工科って何ですか?」と。「工業の工に科学の科です。工はTechnologyで、科はScienceです。Lowの法やChemicalの化ではありません。」と丁寧に口頭説明で良く間違える用語まで説明。すると「うーん分かりません」と言うので、そこで電話終了。私も日々、日本語ネイティブの大学生とコミュニケーションしていますが、まぁ、こうなるでしょうねぇと実感できることばかりなので、ああ、この程度の伝言だったら、Chat Botの方がよっぽど良いと思ってしまいます。

とはいえ、定型文Chatを有人で操作して対応って、あまりに皮肉と思いませんか?

ここで紹介した有人Chatの担当者は、同時に複数のChatに対応してたと推測されます。ベースが定型文Chatですし、定型文Chatで十分に対応できる内容がほとんどですから、有能な人なら同時に数人からのChat問い合わせに対応できます。何せ、返答定型文が長いので、まず読むのに時間がかかる。そして、入力にも時間がかかる。そう考えると、5人くらいは相手にできます。(ここだけの話、学生からの質問にChat対応している時は、私も同時に数名対応しています。私の場合は、定型文対応ではありませんし、別の仕事もしながらですが、笑)ただ、マルチタスクができるほど有能な人がする仕事でも無いですよね。

様々な生成AIに仕事が奪われる、と言われていますが、この仕事は数ヶ月もしないうちに、言語生成AIに当然ながら奪われますよね。それは誰の目にも明らかだと思います。

学歴というレールが崩壊する日

私が思うのは、最近の学生の基礎学力の低下についてです。圧倒的に文章読解力が低下しています。私のブログなんて文字数が多すぎて読む気も起きないでしょうし、読んだとしても意味は理解しないでしょう。そのうえ、考える力がありませんから、私が伝えたいことなど、理解し、自分の人生に反映できることは希でしょう。

大学の授業で勉強したことは、試験が終わるとすぐに忘れる。何でもかんでも検索して答えを探し、勉強した事を思い出して活用したり、自分の頭で考えたり、はしない。言語能力も低いので、知的なコミュニケーションはとれない。できるのは愛想笑いだけ。そんな学生が目に付くようになってきました。

そうなると、彼らに出来る仕事は、ここで紹介した有人Chatくらい(職業差別をするつもりは決してありません)。そしてそれすらも、生成AIに奪われる。

楽の定義は人それぞれ

人々が仕事をオファーする時に口にする言葉で、いつも私が憤慨する言葉があります。

「楽で簡単な仕事ですよ」

これを私に言うのは、大人ですが、最近の学生さんも、楽をしたいらしいです。でも楽で簡単な仕事って何なんでしょうね?

職場でもこんなことを良く言われます。

松永「これこれの業務について協力してくれませんか?」

同僚A「それは良いですが、○○についても私が担当するのでしょうか?」

松永「どっちの意味でしょうか?担当したいのですか?それとも担当したくないのですか?」

同僚A「。。。(その仕事をするのは面倒くさいので)私が担当しなくても良いのであれば協力します。」

松永「ああ、そちらの意味でしたが。では、それは私が担当します。」

ある日はこんな会話が職場でありました。

松永「いやぁ、この業務は大変でしたよ。」

同僚B「大変だからしたくない、という意味ですよね。」

松永「いえいえ、大変だったけど精一杯やり遂げました、という意味です。」

同僚B「。。。???」

多くの人の前提が、「仕事はつらいからしたくない、楽にやり過ごしたい」なのでしょうね。

楽の定義がそもそも違うのです。

時短のため、生成AIを活用したり、ITを活用したりは、仕事を楽にしてくれます。しかし、それは、私の能力を最大限に引き出すための手段であり、私にしかできない事を、これからも熱心にやっていく、これが私の生き方であることを憶えておいて欲しいです。

Web1.0のブログで情報発信する理由ですが、ここまで読んで理解できた方には分かりますよね、笑

2023年10月15日 (日)

先日、「つぶやき:考える力がもたらす判断力」を書きました。実は、1年間に起こった重要な出来事の全てにおいて判断誤りをした人に遭遇したことがきっかけでした。おそらく、一般的な大学卒の平均的な知能を有してさえいえれば、このような判断はしないと思われることから、考える力の不足がもたらす判断力について書いたのでした。その後、様々に調査した結果、これが「浅慮」というものであり、そして、この「浅慮」は、それ自体が病なのでは無く、ある種の病がもたらす産物であることも分かりました。

浅慮の悪魔との遭遇

浅慮(せんりょ)とは、思慮の浅いこと。浅はかな考え、と広辞苑の第六版には記載があります。

実はこれまで、浅慮な人々と直接的に関わり、その結果、苦労したという記憶がほとんどありませんでした。それは、深く関わらずに済んだからなのかもしれませんし、浅慮な人が、私のいる特殊な学問中心の環境に対応できなかったからかもしれません。そのため、私自身、浅慮がもたらす影響がこれほどに大きいという事に正直衝撃を受けました。そして、浅慮に対する軽視が、社会問題にもなり得る事を理解しましたのでつぶやくに至りました。

浅慮の悪魔がもたらす社会のひずみ

浅慮を検索すると、「集団浅慮」や昨今のSNSにおける誹謗中傷行為がエスカレートする人の思考の傾向が記されたサイトがヒットします。このことから、「浅慮」が社会にひずみをもたらす要因のひとつになっていること、また、そのことに気づき、警鐘を鳴らしている人々がいることが認識できます。

私の実体験からいうと、浅慮な人との関係性がどのようなものであっても、ともに協力して何かの仕事を成し遂げるのは大変な苦労を強いられるということです。単に、考える力が不足しているために問題解決能力が低い、というだけであれば、例えば先輩がサポートをするといった事で解決できそうに思えますよね。しかし、実際には、先輩を含め周囲のアドバイスや指示を排除したり、倫理観や道徳心に欠ける行動を安易にしたり、相手の気持ちを考え配慮することができなかったり、そして、それらの事を注意しても改善されることはないため、繰り返し同じような不快で不可解な行動をとり続けるから大変なのです。

子供の浅慮は、根気強い教育によって改善も可能でしょう。しかし、大人の浅慮は自分自身で気づく事が極めて困難であり、浅慮であることに対し、本人は自分の長所であると考えても、決して短所であると考える事はしませんので、関わる人にとっては悪魔でしかないのです。

考える力の不足と、都合の良い解釈

浅慮な人の特徴は、検索してみるといろいろと出てきます。浅慮というよりは、思慮が浅く軽薄な人といったキーワードで検索した方が的確にヒットするかもしれません。

彼らの特徴は、要するに「考える力不足」から起こるパーソナリティーだといえます。したがって、自己愛性パーソナリティ障害に似た特徴が複数あります。調査したところ、浅慮だから自己愛性などを含むパーソナリティ障害を引き起こすのではなく、そもそもパーソナリティ障害がある人の特徴の一つに浅慮があるようです。パーソナリティ障害でなくても、様々な要因で浅慮になってしまうことがあり、その結果、社会性に欠ける行動をとってしまうようです。

具体的な例を示しましょう。

一つの特徴として、道徳や倫理を無視するというのがあるようです。

例えば、ルールや規則に対し、「警察に逮捕されなければ破っても良い」や「ばれなければ良い」といった考えを持ち、安易に破ることがあります。

また、共感の欠如がみられ、自己中心的な発言を繰り返します。

例えば、ルールを破った際に、「ルールを破ると関係者が困るのですよ」と説明しても、他者が困るということに対して共感ができません。そのため何度説明しても、同じ過ちを繰り返します。更に、過ちを認めたり、謝罪することはありません。自分は正しい、何が悪いのだと思っているようです。

適切な人に相談することはなく、アドバイスは完全無視

その上、適切な人には相談はしませんし、周囲のアドバイスには耳もかしません。例えば、上司と部下の関係にあり、部下が浅慮な場合、この部下は、上司に相談をしたり報告をしたりを常に怠ります。その上、無断で社内の情報を部外者へ口外し、その部外者からの助言に従った行動をします。そんな状況を心配して上司がこの部下に親身になってアドバイスをしても、完全に無視をします。困ったことに、それは良くないよ、どうしてそんなことをするの?という問いかけには全く応じません。自分が悪いことをしたなどという見解には至らないからでしょう。それは、上司が何度も繰り返し、注意したり改善をするように指示してもです。

では、どうしてそうなるのか?

幻想とも思える楽観主義者で、自分の考えは無く、人の言葉を曲解して自分を肯定したり、周囲のアドバイスはシャットアウトしたりするという特性があるからです。

極端な楽観主義に惑わされる

彼らが極端な楽観主義者であることは、一見良いようにも思えますが、実は、深刻な問題やトラブルを招きます。

例えば、深刻な事態が発生しても、気にも留めず陽気に振る舞います。また、何も考えずに安請け合いしたり、いつも笑顔で返事だけは良かったりしますので、爽やか系で人当たりが良い人と勘違いされる事が多いです。しかし、実際は全てがその場しのぎですから、自分の言動に責任を持つことも、その言動をとった結果、将来的に何が起こるのかも、全く気にしません。また、トラブルや問題が起こっても、自分の言動が原因だとは思いもしませんし、自分の言動すら憶えていないこともあります。

失敗やトラブルに対し、原因の究明はしない

楽観主義だからなのか、記憶がないからなのか、その場しのぎの言動しかしないからなのか、失敗やトラブルが発生した時に、原因を考える事は一切しません。ですから、どうしてそのような事がおきたのですか?と質問しても返答できません。そして、原因を言わないと先に進まない状況に追い込まれると、懲りもせずその場しのぎの発言をはじめます。

ここまできてようやっと、ああ、考える力がないのか、と気付きます。それでも、考える力がないことが、自分に都合の良い解釈しかしない、とか、周囲のアドバイスをシャットアウトする、ルールや規則を安易に破ることに何故つながるのか、正直最初はわかりませんでした。

この件を深く考察して思う事は、浅慮とはそれほどに恐ろしいことである、ということです。

どう対処するか

残念ながら、関わらないことが一番の得策でしょう。しかし、そうはできない場合にどうするか。おそらく、関わる側が大きな損失を被ることを避けるための対処をとりながら対応するしかないでしょう。また、浅慮であることがこの人物の人生であると考え、この人物にとって良い助言をしようとか、改善をもとめたりといったことは、考えないことです。また、トラブルや失敗が発生することを前提に、損失が広がることを避ける、つまり浅慮な人個人だけがうける損失だけに留まるようにコントロールしておくことが肝心だと思います。

浅慮に基づく言動がパーソナリティ障害と思えるほど深刻化してしまった人に対して、どれだけ手を差し伸べても、残念ながら改善は望めないのだな、と深く実感しているからこその意見です。

入試重視、創造性に欠ける画一化学校教育の弊害

今日ご紹介した「浅慮」も、大学入試に合格する事だけが目的の、暗記に重点を置いた、そして、考える事をさせない、画一的で創造性にかける学校教育の弊害の一つです。現に、入試問題を「考える問題」にすべく試行錯誤が進んでいます。そうすることで、高校までの学校教育でも考えさせる教育が進むことを期待しての事です。しかし、長い間の暗記教育が、浅慮であっても、大学入試をクリアーし、大学教育におけるテストもある程度クリアーできる状況あることは残念ながら事実です。

今後、言語生成AIをはじめとする、生成AIが益々進化していくでしょう。

その中にあって、人間が人間らしい能力を発揮していけるのは、考える力だけなのではないでしょうか?

2023年10月14日 (土)

ChatGPT、日本でも使えるようになって以来話題が絶えませんね。私も休憩や隙間時間にChatGPTと戯れているうちに、下手に人間を捕まえて無理に会話するよりも、知的な会話が成立するし、意見が咬み合うなと思っておりました。ある情報によると、GPT-4の知識レベルは、「司法試験で上位10%のスコアをマーク」するほとどのこと。そうきくと、会話のバランスがとれることも、公平かつバランスのとれた見解において共感をうることも可能であることに納得しておりました。

実務の秘書レベルには使えるようだということから、私も秘書を雇ったつもりで、活用を始めております。つまり、下手に人間を雇うより、仕事の効率があがるということ。

今日は、松永研のロゴを作成してみました。このシリーズは、今後も続く予定です、笑。

ChatGPTのPLUS機能にDALL-E-3というのがあるので、それを使って松永研のロゴを描かせました。松永研の特徴をいろいろと細かに詳しく書き込んでできあがったロゴがこれです!

Dalle_20231014_151151_a_vector_desi しばらく、このロゴをいろいろなところで使い、皆様からの反応を楽しみたいと思います!

2023年10月11日 (水)

アンテナ伝播分野の研究者にとって世界最大かつ最高峰の国際会議IEEE AP-S2023において講演および研究者間の交流を行いましたので報告します。

講演内容

T. Kanamori and M. Matsunaga, "A Novel Loop Antenna Easily Matching with Radio Frequency Integrated Circuit Chips," 2023 IEEE International Symposium on Antennas and Propagation and USNC-URSI Radio Science Meeting (USNC-URSI), Portland, OR, USA, 2023, pp. 1499-1500, doi: 10.1109/USNC-URSI52151.2023.10237905.

reprintご希望の方は、ReserachGateからご連絡ください。ちなみに、Kanamoriは松永研のM2です。発表予定でしたが、直前になって親御さんと当人が渡米に対し(根拠のない)不安を表明し拒否したので、名前だけ残っています。

静岡大学内の共同研究で開発中の高効率レクテナ(Rectenna)開発に関する研究論成果です。なお、RectennaとはRectifying Antennaを短縮して作られた造語であり、整流回路とアンテナが一体化したものをそう呼びます。

整流回路部分については、LSI設計の研究室である丹沢研究室が、また、アンテナ部分については松永研が担当して開発しています。ポイントは、整流回路の整流効率を最適化する入力インピーダンスを検討した上で、この整流回路のインピーダンスと整合がとれるアンテナインピーダンスを実現する検討です。

RFIDタグのチップインピーダンスはその構成上の制約で複素数となるため、RFIDタグアンテナの入力インピーダンスもこれと整合をとる必要があり、アンテナの入力インピーダンスを複素数で実現するようになりました。その当時は、チップインピーダンスと整合をとることのみに注力していましたが、アンテナも含んだ等価回路でレクテナ(整流回路とアンテナ)を考え整流効率を最適化するインピーダンスの検討はなされてきませんでした。この検討の難しさは、アンテナが実現できる複素インピーダンスに制約があったことも大きな理由です。

この講演で発表したアンテナは、LSIチップとの整合がとりやすい上に、従来のダイポールアンテナと同様の放射特性を有することが特徴です。

私の講演がプログラムされたセッションは、開始直後は聴講者が少なく心配しましたが、私の講演開始時刻の直前から一気に聴講者が増え、多くの方に講演を聴いてもらえました。また、多数の質問が得られ、久々に有り難い機会が得られました。

とはいえ、「アンテナの入力インピーダンスは50Ωであるべき」と信じ込んでいる方々がRFIDの実用火から20年経った今でもいること、そして、50Ωではない入力インピーダンスを有するアンテナの測定方法について知識や経験のない研究者が多い事に驚きました。

これからも、これらが多くの方に理解出来、そして、実用にいかして頂ける、そんな論文発表をこれからも続けていきたいと改めて思った次第です。

写真説明 左:会場入り口に設置された看板 右:会場を隣の高層ビルから撮影(オープニングが会場前の広場であり、人々が交流を楽しんでいる風景とともに)

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3年にも及び海外渡航困難

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年3月に予定していたコペンハーゲン(デンマーク)への国際会議における講演出張が、デンマーク政府が講じた入国規制の影響で頓挫して以来、約3年ぶりに国際会議において対面で講演を行いました。

毎年2月~3月は、アメリカへの共同研究打ち合わせのための渡航とヨーロッパで開催される国際会議への出席のため、東へ西へと飛び回り、ひどい時差惚けで体内時計がどの時間帯にあっているかも不明になる生活を送るのが日常だった私にとって、とても待ち遠しかった3年でした。

2020年2月は、いつも通りアメリカの数都市を訪問し複数の研究者と交流しておりました。コロナウィルスへの危機感が高まりつつある時期で、交流する人々とも、お互い気をつけようねといった会話がかわされたものの、それから3年も渡航できる機会を失うとは想像だにできませんでした。3月上旬に一旦帰国し、1週間もしないうちにコペンハーゲンへ飛ぶ予定でしたが、そこで、ストップが入りました。

北米内やEU内は国際会議の対面開催が早くに再開されていた

ご存知の方も多いと思いますが、各国の水際対策よりも私たちを困らせたのは、所属機関の規制でした。

日本国内において最後に発出された緊急事態宣言が解除されたのは2021年9月末でした。その間、国内であっても移動が所属機関により規制され、国内出張すらできない時期が2020年3月以来約1年6ヶ月続いたことになります。

海外への渡航規制も徐々に緩和されたものの、所属機関・日本国政府・出張先で行う手続きが複雑かつ手間がかかり、躊躇しました。その一方で2022年末頃からは、北米やEU内で開催される国際会議が対面のみの参加に限定しはじめました。つまり、オンライン参加や発表を許容しなくなりました。そのことを考えると、日本人研究者が国際会議へ対面で戻ってくるのには更に約1年を要したことになります。

世界における競争力を有する日本の研究者の一人として、日本の世界におけるイニシアティブを示すことが出来ない時期が長かったと思います。

日本から?と驚かれる日本人

理由の分析は出来ていないのですが、この国際会議期間中、会う人会う人、「え?日本から?」と驚かれる事が本当に多かったです。以下、考えられる理由です。

「日本人の対面参加が3年近くなく、対面開催が再開されても1年~1年半の間日本人の姿を見ることがなかったか?」

まぁ、そうでしょうねぇ。数は少なくても頑張っていた研究者はいたと思うのですが、圧倒的に数が少ないため、日本人の意気込みが感じられなかったんでしょう。私が思うに、昨今の、日本以外のアジア勢の勢いに比べると、日本人の熱意が薄い、本当に薄い。それは、世界は実感しており、本当に顕著に表現してくれます。

「いつもの事ですが、日本人女性にはアンテナ伝播分野の研究者はいないと思われている」

これ、本当に残念な事なんですが、世界はそう思っているんですよねぇ~。それは、私が国際会議デビューをしたM1(修士課程1年生)の頃からちっとも変わっていない。もうそろそろ何とかしませんか?

その一方で、女性の参加者が体感的に激増していました。本当にうれしいです!世界はそうなんですよ!日本のみなさ~ん!分かってます?

「私が日本人に見えない」

実は私、世界中のどこにいても「日本人」にみられない事が多いです。そう考えると、「え?あんた日本人なん?」というリアクションを久しぶりに感じたのかも?

まぁ、アジア人差別は別です。今度書きますが、2020年2月~3月に渡米した際も、空港で、久しぶりにひどいアジア人差別受けました。言葉がわかるだけに辛いです。

たぶん、立ち居振る舞い、そして、感性が日本人ではないからでしょうね~

私にしてみると、日本で生きていると生きづらさを感じます。日本人でいる必要がないことを実感できる、最高の時間でした!

では、また~

2023年10月10日 (火)

皆様

いつも松永研究室ならびに松永自身へのご協力ありがとうございます。

最近、お問い合わせが多くなっております。所属変更が続いたことで、松永への連絡が付かずお困りの方が多いことを改めて認識しました。諸般の事情から、大学のHPや松永研HPには、松永個人のメールアドレスおよび電話番号は記載しておりません。大変恐れ入りますが、こちらのHPの「問い合わせ」よりお問い合わせください。お問い合わせ内容は、松永直接へ即時に届きます。内容を確認後、返信致します。

松永および松永研への問い合わせは、こちらからお願いします。

問い合わせフォーム

なお、この「問い合わせ」フォームは、コメント機能を利用して作成いるため「コメント欄」と表示されますが、コメントとしてHP上で公開されることはありません。松永への連絡用として機能します。

ご理解とご協力をお願いします。

松永真由美